石見銀山とは?
石見銀山は、島根県太田市にある日本有数の鉱山遺跡です。1526年に発見されてから約400年間にわたり採掘された鉱山は、最盛期の16~17世紀には世界の3分の1を占めるほどの銀を産出したといわれるほどで、この地を支配した毛利元就、豊臣秀吉、徳川家康といった武将たちに多くの富をもたらしました。
石見銀山のある大森地区はおよそ3キロにわたって車の侵入が制限されているので、ゆっくりと散策することができます。また、貸自転車を利用すれば木漏れ日の中を風に吹かれながら移動できるので、最高に気持ちがいいです。もっとも坑道跡のある銀鉱山エリアは坂道になるので、体力には注意が必要ですが……。
石見銀山の坑道は間歩(まぶ)と呼ばれ、現在は代表的な間歩である龍源寺間歩と大久保間歩が公開されています。間歩の中はひんやりと夏でも涼しく、鉱夫たちの残したノミの跡や100メートルにも達する堅坑などを見ることができます。
鉱山町エリア
鉱山を出て道なりに坂を下っていけば、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている鉱山町エリアへと到着します。ここでは昔ながらの街並みを歩きながら、昔の代官所跡を利用した石見銀山資料館や当時の有力者である熊谷家の邸宅に入ることができます。
さらに少し足を伸ばせば銀の積出港だった沖泊や、沖泊とともに発展した温泉津(ゆのつ)の町もあります。温泉津には大正時代の建物が多く残っており、こちらも重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。また温泉津の温泉は1300年以上の歴史を持っているといわれ、現在でも「元湯」と「薬師湯」の二つの温泉を楽しむことができます。
このように採掘から精錬に至る鉱山の遺跡、街道、港などが価値を損なうことなく今に至るまで残っていることが評価され、石見銀山遺跡とその文化的景観は2007年に世界遺産に登録されました。