馬と暮らす「曲家」1 – 会津地方の「曲家」

会津曲り家の外観
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東北地方の各地にはL字型をした茅葺き(かやぶき)屋根の古民家が残っています。「曲家(曲り家、曲屋[まがりや])」といい、特に福島県の会津地方や岩手県(南部曲り家)に多くあります。

農家に限らず一般の家屋はまっすぐな「直家(じきや・直屋)」です。わざわざ複雑な構造の「曲家」するメリットはあまりありません。しかしながら、会津地方や岩手県ではほとんどが「曲家」です。その目的は何だったのでしょう。

会津曲り家の外観
(画像提供:ふくしまの旅)

大切な労働力として馬は家族の一員

機械化以前の農家にとって“馬”は大切な労働力でした。耕地を耕す時や作物の運搬、開墾にも頼りになる存在です。農家にとって馬は家族です。そのため多くの場合家の中に馬小屋(厩[うまや])を造り、一緒に生活していました。「曲家」はその厩部分を曲がった部分に当てています。会津地方と岩手県の「南部曲り家」(「馬と暮らす 『曲家』2 南部曲り家 参照)とも考え方は全く同じです。

前沢集落の景色
(画像提供:ふくしまの旅)

単に住居の端に厩を作るだけならば、「曲家」などという特殊な形にしないでも、「直家」でも十分です。何故「曲家」を作り、それが一部地域とはいえ一般的な農家の住居として普及していったのでしょう。その理由は、「直家」にすると細長く大きな家になってしまう、馬の世話をするには「曲家」にしたほうがより近くにいるので便利だから、などいわれていますが、残念ながらはっきりしていません。

参照:南部曲家研究の展望と課題 岩手大学

岩手大学リポジトリ
CMS,Netcommons,Maple

寒い地域だからこそ厩を家の中に

遠野ふるさと村:馬と冬景色
(イメージ 画像提供 いわての旅)

「曲家」にした理由は分かってはいませんが、「曲家」にしろ「直家」でも住居の中に厩(内厩「ないきゅう」)を作ったのには、先人たちの馬に対する愛情が伝わってきます。内厩のある場所はほとんどが非常に寒い地域です。さらに冬は深い雪に閉ざされることが多く、住居の外に厩(外厩[がいきゅう])を作っても世話ができません。もちろん電気やガスがない時代ですから、暖房などありません。また、厩が雪につぶされてしまうかもしれません。大切な家族である馬をそんなところに置いておくわけにはいかないので、必然的に家の中に厩を作って、一緒に生活することになったのです。

曲り家の内部イメージ
(画像提供:ふくしまの旅)

茅葺き屋根の木造家屋は、家や屋根の寿命を伸ばすため囲炉裏の煙でいぶします。そのために一日中囲炉裏の火は消すことがないので、暖かい空気が家中に回ります。エサやりや健康状態などもわざわざ外に出なくても管理できるので一石二鳥です。

会津地方を中心に残る「中門造りの曲家」

中門造りの曲家の外観
(画像提供:ふくしまの旅)

会津地方では馬は農耕用に利用されています。そのため、育てるのはせいぜい1~2頭で、厩はそれほど大きくありません。厩の脇には通路があり、突き当たりは出入り口になっています。この造りのことを『中門造(ちゅうもんづくり)』といい、会津地方のほか新潟県や山形県、群馬県などの豪雪地帯に多く見られます。

この「中門造りの曲家」は、農業の機械化が進むに従って、農耕用の馬が必要なくなってしまい全国的に見るとほとんど姿を消してしまいました。ただ一か所、会津地方にだけに未だに100軒以上の「中門造りの曲屋」が残っています。

参照:会津只見の中門造り民家における構法と技術継承に関する研究 会津大学短期大学部

研究紀要第74号

会津大学短期大学部 公式ホームページ トップページ
 会津大学短期大学部は、深く専門の学芸を教授研究し、職業又は実際生活に必要な能力...

もちろんそれらの家屋は、外観は「曲家」ですが生活空間部分は改装されていて、厩など昔の生活の名残はほとんど見当たりません。屋根も茅葺きの上にトタンを載せたものや、新しい素材で改築されているものが多くなってしまいました。

しかし、福島県南会津町前沢の前沢集落(まえざわしゅらく)にある13の「曲家」は、すべてが『中門造』の茅葺き屋根で当時の建てられた姿をそのまま残しているのです。この集落は「前沢曲家集落」として国の重要伝統的建造物保存地区として保存され、公開されています。また、同じ南会津町水引にある「水引集落」にも7軒茅葺き屋根の「曲家」が残っています。

集落全体が「曲屋」、日本の原風景「前沢曲家集落」

前沢集落の外観画像
(画像提供:南会津町)

「前沢曲家集落」は、福島県の南部、会津地方旧舘岩村(現南会津町)の高原地帯に位置しています。このあたりは寒冷で雪深い山里で、今はスキー場が冬の主な観光資源です。

前沢集落は1907年(明治40年)の大火ですべての住居が失われてしまいましたが、その後3年がかりで元通りに再建し、現在に至っています。馬が新しい機械に取って代わられつつあった1960年代には「曲家」の役割を終えようとしていたのですが、地元の人たちや旧舘岩村の日本の原風景を守るという理念が実を結び、ほとんどそのまま保存されることになったのです。

前沢集落の道を歩く
(画像提供:ふくしまの旅)

「前沢曲家集落」には13軒の「曲家」と、曲家ではありませんが、貴重な伝統的家屋などが7棟ほど残っていて、今でも人々が暮らしています。園内には曲家の「そば処」や「古民家カフェ」があり農産物も購入できます。

前沢曲家集落

住所:福島県南会津郡南会津町前沢

電話番号:0241-72-8977(前沢景観保存会)

開園時間:8:30~16:30

休園日:冬季休園

入園料:おとな 300円、高校生以下 150円

アクセス:

公共交通機関/会津鉄道・野岩鉄道会津高原尾瀬口下車、路線バスで約35分

車/東北自動車道西那須野塩原ICから国道400、121、352号線経由約90分

URL:http://maezawa.html.xdomain.jp

のどかな山里の風景が美しい「水引集落」

水引集落の画像
(画像提供:南会津町)

「曲家」の茅葺き屋根古民家が7軒残っている集落です。明治時代に大火に見舞われ、全戸が焼失してしまいましたが、その後再建されました。集落には案内看板が設置されていて、昔ながらの山村風景の中でのんびりと散策ができます。

水引集落の画像2
(画像提供:南会津町)

水引集落

住所:福島県南会津町水引

問い合わせ先:南会津町観光物産協会 舘岩観光センター

電話番号:0241-64-5611

散策自由

※観光施設ではありません。見学は住民の皆さんの迷惑にならないように、常識の範囲内でお願いします。

アクセス:

公共交通機関/会津鉄道・野岩鉄道会津高原尾瀬口下車タクシーで約45分

車/東北自動車道西那須野塩原ICから国道400、121、352号線経由約45分

URL:https://www.kanko-aizu.com/miru/kankou/

見学可能な会津地方以外の「中門造り曲家」

中門造りの曲家は、福島県、秋田県、群馬県などで保存・展示されています。そのいくつかをご紹介します。

会津から移築された福島市民家園・旧馬場家

旧馬場家住宅の外観

「福島市民家園」は、福島県福島市にある県北地方を中心に、江戸時代中期から明治時代にかけての古民家や商家、芝居小屋、蔵などを移築・保存する施設です。芝居小屋「旧広瀬座」は国の重要文化財に指定されているほか、そのほとんどが国あるいは県、市の文化財です。

「曲家」は南会津町にあった旧馬場家を移築したもので、江戸時代中期の建物といわれています。福島市指定有形文化財です。

福島市民家園

住所:福島県福島市上名倉字大石前地内(あづま総合運動公園内)

:電話番号:024-593-5249

開園時間:9:00~16:30

休園日:火曜日(火曜日が祝祭日の場合はその翌平日)、年末年始(12月29日~1月3日)

入園料:無料

アクセス:

公共交通機関/東北新幹線・JR東北本線福島駅より佐原又は四季の里行き路線バスで約30分、室石下車徒歩約15分

車/東北自動車道福島西インターより車で約10分

URL:https://minka-en.com/info/

田沢湖付近移築。秋田県立農業科学館・曲屋(旧伊藤家住宅)

旧伊藤家の外観
(画像提供:秋田県立農業科学館)

「秋田県立農業科学館」は、秋田県の農林業や民俗資料などを展示する一方、環境や栽培技術を学べるなど農業に関する秋田県大仙市にある総合農業施設です。敷地内には秋田県仙北市田沢湖にあった曲家・旧伊藤家が移築保存され、一般公開されています。旧伊藤家は明治時代後期に建てられたもので、国の登録有形文化財に指定されています。

秋田県立農業科学館

住所:秋田県大仙市内小友字中沢171-4

電話番号:0187-68-2300

開館時間:

4月~10月/9:30~16:30

11月~3月/9:30~16:00

休館日:月曜日(旧祝日の場合は翌日)、年末年始

入館料:無料

アクセス:

公共交通機関/秋田新幹線・JR奥羽本線・JR田沢湖線大曲駅から路線バスで約10分、農業科学館前バス停下車、徒歩で約1分

車/秋田自動車道大曲ICから約2分

URL:https://www.city.daisen.lg.jp/docs/2013102800056/file_contents/5.pdf

元名主宅だった豪華な群馬県の曲家、旧鈴木家住宅

沼田南郷の曲り家の外観
(画像提供:沼田市教育委員会)

「旧鈴木家住宅」は、群馬県沼田市戸根町にある曲家で、沼田市の重要文化財に指定されています。

鈴木家は代々名主を務め、政治家などを輩出してきた家系で、農家ではありませんが、建物は曲屋形式になっています。曲家部分は厩として使われていたようですが、中門造りの曲家にある出入り口がありません。主屋の上段の間は正式な書院造り(しょいんづくり)になっていて、一般の農家では考えられない豪華な構造になっています。

旧鈴木家住宅

住所:沼田市利根町日影南郷158-1

電話番号:0278-54-8611

開館時間:10:00~16:00

入館料:おとな 110円、こども 50円(中学生)、小学生以下及び障がい者は無料

休館日:木曜日(祝日の場合はその前日)、年末年始(12月29日~1月3日)

アクセス:

車/関越自動車道沼田ICから県道沼田・大間々線で約30分

URL:http://www.city.numata.gunma.jp/kanko/tone/1001832.html

脚注:書院造り(しょいんづくり)

書斎である書院を建物の中心としている住宅様式。

参照:建築用語辞典 東建コーポレーション https://www.token.co.jp/estate/useful/archipedia/list.php?jid=00015&wid=03957&wdid=01&topkb=1